(理工学部/建築・環境学部教養学会主催ミニ講演会)
第79回理科系学生のための公開英語講演会
War of Currents:
DC vs. AC (or Edison vs. Tesla)
電流戦争
講師: 理工学部、電気・電子コース
植原 弘明 先生
理工学部、建築・環境学部教養学会では2025年11月13日3講時に理工学部理工学科、電気・電子コースの植原弘明先生を講師として招聘し、2015年度~2024年度に引き続き上記のタイトルによる10回目の「理科系学生のための公開英語公開講演会」を開催した。
講師は以下の流れに沿って送電システムの世界的な確立、更に日本におけるその導入の歴史的経緯を特に直流電流と交流電流の違い、トマス・エジソンとニコラ・テスラの敵対関係における争点という観点を軸に紹介した:1)直流電流と交流電流の視覚的相違; 2)電流戦争の経緯; 3)各々の電流の長所と短所; 4)交流送電の変電機器; 5) 現在の東日本と西日本の間の電流周波数の相違とその歴史的経緯;6)これにより生じた2011年3月11日の東日本大震災発生時の電力供給の問題;7)1950年代からの欧州における高電圧直流送電網の発展;8)高電圧直流送電、高電圧交流送電各々の世界市場における企業の占有率;9)各々の送電システムの長所;10)送電に用いられるケーブルの種類;11)発明家、実業家としてのトマス・エジソン;12)エジソンの想定した直流送電システム;13)直流を用いた機械や電化製品;14)電子技術者、物理学者、発明家としてのニコラ・テスラ;15)テスラの交流送電システム;16)交流を用いた機械や電化製品;17)エジソン電気照明会社により生産された白熱電球と今日のゼネラル・エレクトリック社の製品;18)ジョージ・ウェスティングハウスとウェスティングハウス・エレクトリック社について;19)電流戦争の結末とその後。
本講演会では多くの電気学系の受講者が聴講したが、事後のレポートにおいては送電に関する様々な事柄に関して、その事実を知らなかったので驚いたということが多く報告された。例えば上記8、世界的な送電の市場に関しては(直流送電と交流送電における占有率が全く異なり)2024年時点の交流送電の市場占有率の上位5社のうちに日本企業が3社も現れていることに聴講者は強く印象づけられた。然しながら講師の見解においては、この事実は世界市場における日本企業の優位性ばかりではなく、寧ろ日本の送電システムの現状における大きな課題を示しているものであるという。即ち、明治維新以来西欧列強に対して産業面において対等に伍すべく国土全体にわたる送電網の確立を急務としてきた結果、現在の日本の送電システムは極端に当時の送電方式であった交流送電に偏向しているが、現在の世界的な電力システムの潮流である再生可能エネルギーの発電規模の向上と脱酸素の目標は、直流送電システムにより適合したものである。極端に交流送電に依存した日本の送電事情においては、今後の課題である直流送電システムへの変換が極めて難しい状況に置かれているという。(皮肉な事実ではなるが、産業インフラが著しい発展を遂げ得なかった、長く欧米先進国家の植民地にあった国家においての方が、むしろ直流送電システムへの移行は容易である。)
今回の講演会には理工学部他学系の聴講者、また建築・環境学部の受講者が混在していたので、本トピックに関する以下のような様々な観点からの質問や意見が提起された:直流送電においても電圧を変える技術が向上してきた今日においては、洋上風力発電のようにエネルギー資源が都市部から遠く離れた場所にあることが許される直流の送電方法は今後、脱炭素化に向けた取り組みに不可欠であると思う;直流/交流の枠組みを超えた第三の送電方式として、例えば量子力学を応用した概念の転換は今後有りうるか?(下記Q&A参照);住宅の電気設備という観点からは省エネルギー化は大切な課題であり、その点において設備内の電流の直流化は重要であるが、交流を直流に変換する際には大きな電気ロスが起こるので、現在の日本の電流事情における住宅の電気の直流化には大きな課題があることが分かった;ニコラ・テスラの交流システムの勝利以来、建築物の電気配線設計は交流送電システムを前提として標準化され現在に至ったが、近年、太陽光発電、蓄電池、LED照明、EV充電器などの直流機器が増加し、将来的にDCマイクロ・グリッドが本格的に導入されると、配電盤や幹線設計の前提自体が変わる可能性もあると思われる。その時、建築設計者はどの程度の電気工学の知識を備えておくべきであるのかという点を知りたい。
これらの意見や質問の内容に対する更なる疑問や感想が他の聴講者の事後のレポートに言及され、新たな学習課題の存在への気づきの機会となったことなどがしばしば報告された。「アカデミズムをその場とした他者の知性への敬意の醸成」という本企画の目標の達成へのご助力を戴きましたことを植原先生にはこの場をお借りして感謝致します。また各質問に対して詳細な回答と説明を戴いてきましたこと、(もう一つの本企画の目標である)理科系の学生の英語学習の動機づけの強化に大きなお力添えを戴いていることを併せて感謝申し上げます。